
長年デザインの現場や教壇に立つ中で、フォント選びに悩む新人デザイナーや学生さんを数多く見てきました。特に欧文フォント(アルファベットの書体)は種類も多く、一見するととっつきにくいかもしれません。しかし、基礎知識を押さえておけばフォント選びはぐっと楽になり、デザインの質も向上します。「なんとなく見た目」で選ぶのではなく、フォントの特徴や違いを理解して選べるようになってほしい。そんな思いから、本記事を書きました。肩の力を抜いて、気軽に読み進めてみてくださいね。
はじめに
この記事では、デザイン初心者の方でも理解できるように、欧文書体の基本知識(フォントの種類・太さ・幅・傾き)を丁寧に解説します。フォントはデザイン全体の印象を左右する重要な要素であり、選び方ひとつで伝わるイメージが大きく変化します。フォントごとの特徴や使い分けを知ることで、デザインの説得力を高めることができます。
本記事はデザイナーを目指す学生や新米デザイナー向けに、欧文書体に特化して解説します。読み終えた頃には、自信を持って適切なフォントを選べるようになるでしょう。
文字の種類(書体の分類)
まずは欧文フォントの種類について押さえましょう。欧文書体は大きく分けていくつかのカテゴリーに分類できます。代表的な分類として以下のようなものがあります。
これらを一つずつ見ていきましょう。
セリフ体(Serif)

セリフ体とは、文字のストロークの端に「セリフ」と呼ばれる小さな飾り(うろこ状の線)が付いた書体のことです。欧文活字の歴史は古代ローマ時代の石碑文字にさかのぼり、そこから生まれたのがこのセリフ体(ローマン体)です。セリフ体は縦画と横画の太さにメリハリがあり、日本語でいう明朝体に相当します。

セリフ体の文字(左側)には赤丸で示したようなセリフ(うろこ)があります。一方、サンセリフ体(右側)にはそれがありません。

セリフ体の持つこの細部の装飾が、文章を読むときに文字同士をつなげ、視線をスムーズに流す効果があるとも言われます。そのため、可読性が高く長文の本文に適しているとされています。実際、小説や新聞などの印刷物ではセリフ体がよく使われてきました。セリフ体は文章に伝統的・格調高い印象を与えるため、フォーマルなデザインや信頼感を出したい場面にも向いています。
可読性が高く長文に向いている。伝統的で落ち着いた雰囲気を演出できる。文字の形状にメリハリがあり、紙面に安定感を与える。
小さいサイズや低解像度の表示では細部が潰れやすく、画面上ではサンセリフより視認性が落ちる場合がある。また、デザインによっては古めかしい印象になりすぎることも。
文章をじっくり読ませたいときや、クラシックで信頼性のあるイメージを出したいときに検討しましょう。印刷物の本文には第一候補です。ただし、ウェブやプレゼン資料など画面で表示する場合は、十分な大きさや解像度を確保して読みやすさを確認してください。
サンセリフ体(Sans-serif)

サンセリフ体はその名の通り「セリフが無い(sans-serif)」書体です。文字の端に飾りがなく、線の太さが全体的に均一なのが特徴です。日本語書体で言うゴシック体に相当し、すっきりとシンプルな印象を与えます。例えば、「Arial」や「Helvetica(ヘルベチカ)」といったフォント名は聞いたことがあるかもしれませんが、これらはいずれも有名なサンセリフ体の書体です。

サンセリフ体の一番の利点は、その視認性の高さにあります。装飾が無くシンプルな字形のため、遠くからでも判別しやすく、画面表示など悪条件でも読みやすいと言われます。看板・標識や見出し、大きな文字での表示などによく使われ、モダンで親しみやすいカジュアルな印象を与えることもできます。特にデジタル画面では、解像度の低い環境でも文字の形が崩れにくいことから、ウェブデザインやモバイルアプリのUIなどで頻繁に使用されています。
シンプルで視認性が高く、遠目でも読みやすい。デザインに現代的・清潔感・フレンドリーさを出せる。太さや色による可読性の変化が少なく、画面表示に向いている。
長文を紙で読む場合、単調に感じられ目が滑ることもあると言われる(近年では紙でもサンセリフ体を使う例も増えていますが)。フォーマルさではセリフ体に劣るため、厳粛な雰囲気を出したい場面には不向きな場合も。
見出しやタイトル、短いテキストでインパクトを出したいときに有効です。また、ウェブサイトやスライドの本文など、画面上で文字を表示する場合にも第一候補になります。ブランドイメージを現代的・カジュアルにしたい場合にもサンセリフ体が適しています。ただし、公的な文書や格式を重んじる印刷物では、場合によっては避けた方が無難です。
日本ではサンセリフ体のことを「ゴシック体」と呼びますが、本来欧文でゴシック体(Gothic)というと中世ヨーロッパのブラックレター書体(後述)を指すので注意しましょう。
スクリプト体(Script)

スクリプト体とは、筆記体風の書体の総称です。まるで手書きで書いたかのようなデザインが特徴で、多くのスクリプト体フォントでは文字同士が連続してつながるように設計されています。アルファベットを続けて書いたとき、自然な筆記体の流れになるものが典型的なスクリプト体です。英語で筆記体を「Script」と言うことから、この名前が付いています。
スクリプト体には、フォーマルな書写体に由来するエレガントなものから、カジュアルな手書き文字を再現したものまで様々なスタイルがあります。前者は結婚式の招待状や高級ブランドのロゴなどに使われるような優美でクラシカルな印象を持ち、後者はポップな看板やロゴ、カフェのメニューボードなどに使われる親しみやすく温かみのある印象を与えます。
手書き風のため人間味や個性を演出できる。フォーマルなスクリプト体はエレガントで高級感を、カジュアルなものはフレンドリーで柔らかな雰囲気を与える。デザインのアクセントとして効果的。
可読性はあまり高くありません。特に小さいサイズで長文を組むのには不向きです。一字一字の形が独特なため、多用すると読み手に負担をかけてしまいます。また、使い所を誤るとデザイン全体がチープに見えることもあります。
強調したい短いフレーズやロゴ、見出しに限定して使うのがおすすめです。例えば、イベントチラシで手書きのような温かみを出したい部分にスクリプト体を使い、それ以外の本文は読みやすいセリフ体かサンセリフ体にするといった組み合わせが効果的です。可読性とのトレードオフを常に意識し、「おしゃれだけど読めない」デザインにならないよう注意しましょう。
ディスプレイ書体(Display)

ディスプレイ書体とは、装飾的・個性的なデザインが施された書体の総称です。「Decorative(デコラティブ)書体」と呼ぶこともあります。ディスプレイ書体は本文のように長文で読むためではなく、見出しやタイトルなど大きく表示する用途を意図してデザインされています。そのため、非常にユニークな形状を持つものや、特定のテーマ・雰囲気を強く表現するためのものが多いです。
具体的には、例えばホラー映画のタイトルに使われる不気味な雰囲気のフォントや、子供向けポスターに使われるポップでかわいいフォント、企業ロゴzq専用にデザインされたオリジナル書体などがディスプレイ書体に当たります。これらは文字というよりグラフィック要素に近い感覚でデザインに取り入れられ、見る人の目を引き、デザインの世界観を伝える役割を担います。
何と言っても視覚的インパクトが強いことです。フォント自体がデザインの主役になり得るほど個性があり、使い所によっては観る人の記憶に残ります。デザインのテーマや雰囲気を一瞬で伝えるのにも有効です。
凝ったデザインゆえに可読性は低めです。小さいサイズや長い文章には全く適しません。また、個性が強すぎて他の要素と調和しにくい場合もあります。一度に複数のディスプレイ書体を使うと統一感が崩壊する恐れも。
使うなら一つのデザイン内でポイントとして一種類に留めるのが基本です。見出しやタイトル、ロゴなど短い文字列で大きく見せる部分にのみ使用しましょう。選ぶ際は、そのフォントが持つ雰囲気が伝えたいメッセージと合致しているかを考えてください。「可愛い」「怖い」「レトロ」などテーマが明確なときは、それを増幅できるディスプレイ書体を選ぶと効果的です。ただし、本文や注釈など読みやすさ重視の部分には使わないようにしましょう。
その他の書体
上記に分類されない、または複数のカテゴリーに跨るような特殊な書体も存在します。ここでは代表的なものとしてモノスペース体、スラブセリフ体、ブラックレター体を紹介します。
モノスペース体(等幅フォント)

すべての文字幅が均一にデザインされた書体です。古いタイプライターやコンピュータのターミナルで使われていたフォントをイメージすると分かりやすいでしょう。代表例は「Courier New(クーリエ・ニュー)」などで、アルファベットのI
もW
も同じ幅の枠に収まります。メリットは文字幅が揃うことで縦の桁が揃いやすく、コードエディタや表組みに向いている点です。

また、レトロなタイプライター風の演出にも使えます。ただし通常のフォントより文字間に無駄な空間が生じるため、可読性はあまり高くありません。長文よりも短いテキストやデータを見せる場面向きです。
スラブセリフ体(Slab Serif)

セリフ体の一種で、文字の主線と同じくらい太いセリフを持つ書体です。セリフ部分が極端にどっしりしているため視認性が高く、遠目でもはっきり読み取れるのが特徴です。例えば「Rockwell(ロックウェル)」などが有名なスラブセリフです。19世紀のポスターや見出しで多用された歴史があり、力強く無骨で男性的な印象を与えます。レトロ感やインパクトを出したいタイトルに適しています。ただし、本文など長文には向かず、一度に大量の文字で使うと圧迫感が出る点には注意しましょう。
ブラックレター体(Blackletter)

中世ヨーロッパで使われていた古典的な筆記体風書体で、アルファベットの一種です。尖った筆記体のような独特の字形で、紙面が黒く見えるほど線が細かく密集したデザインが特徴です。いわゆるゴシック様式の書体で、欧文タイポグラフィの歴史では「Gothic」と呼ばれてきました(※日本語の「ゴシック体」とは意味が異なるので注意)。代表的なフォント名としては「Old English Text MT」などが挙げられます。現代では通常の文章に使われることは少ないですが、伝統や格式を演出したい場面で装飾的に使われたり、新聞のロゴ(例えば The New York Times の題字)やヘビメタバンドのロゴなどにも用いられています。雰囲気は抜群ですが可読性は低いため、扱いには細心の注意が必要です。

以上、欧文書体の主要な種類とその他の書体について解説しました。
次章からは、フォントの太さ・幅・傾きといった属性に注目し、それぞれがデザインに与える影響や使い分けのポイントを解説します。
文字の太さ(ウェイト)

フォントには「太さ」の違いがあります。プロのデザイナーはこれをウェイト(Weight)と呼びます。同じ書体でも、例えば極細のものから極太のものまで何段階もの太さのバリエーションが用意されていることがあります。一般的にウェイトは数値や名前で表現され、数値では小さいほど細く、大きいほど太くなります。例えば、CSSなどの仕様では100
が最も細い「Thin(シン)」、900
が極太の「Black(ブラック)」というように定義されています。主なウェイトの名称を挙げると次の通りです。
日本語表記 | 英語表記 | カタカナ読み |
---|---|---|
超極細 | Thin/Hairline | シン/ヘアライン |
極細 | Extra Light | エクストラ・ライト |
細め | Light | ライト |
標準の太さ | Regular/Normal/Book | レギュラー/ノーマル/ブック |
中太 | Medium | ミディアム(メジューム) |
やや太め | Semi Bold/Demi Bold | セミ・ボールド/デミ・ボールド |
太い | Bold | ボールド |
極太 | Extra Bold/Heavy | エクストラ・ボールド/ヘヴィ |
超極太 | Ultra Bold/Black | ウルトラ・ボールド/ブラック |
CSS表記 | 英語表記 |
---|---|
100 | Thin/Hairline |
200 | Extra Light |
300 | Light |
400 | Regular/Normal/Book |
500 | Medium |
600 | Semi Bold/Demi Bold |
700 | Bold |
800 | Extra Bold/Heavy |
900 | Ultra Bold/Black |
※フォントによって名称や段階は多少異なりますが、おおよそ上記のような順序です。

ウェイトの違いはデザイン上で重要な意味を持ちます。同じ文章でも、太さを変えるだけで伝わり方が変わります。一般的には、太いフォントは見出しや強調したい部分に用いられ、細いフォントは本文など長文に用いると効果的です。例えば本や雑誌を開くと、見出しの文字は太めで大きく、本文は細めで読みやすく組んであるはずです。これは太い文字の方が黒々と目立つため見出し向きであり、細い文字は小さくても潰れにくく可読性が高いため本文向きだからです。
また、ウェイトを使い分けることでデザインにメリハリが生まれます。同じフォントファミリー内で太さ違いを変える分には、書体デザインの雰囲気を保ったまま強弱を付けられるメリットがあります。例えば「もう少し力強くしたい」という場合にフォントを太いウェイトに変えたり、逆に「軽やかな印象にしたい」という場合に細いウェイトにする、といった調整ができます。このようにフォントファミリーの中でウェイトを使い分ければ、無理に別の書体に切り替えなくても強調が可能です。
ウェイトを変えることで視覚的なコントラストを作れる。見出し・本文・キャプションなど役割に応じて太さを調整すると、情報の階層構造が明確になる。フォントファミリー内で統一すればデザインの統一感を保ちつつ変化をつけられる。
極端に細いフォント(ThinやExtra Light)は、背景とのコントラストが弱いと見えにくくなったり、小さすぎると線が消えてしまう恐れがあります。一方、極端に太いフォント(BlackやHeavy)は、細かなディテールが潰れて判別しづらくなる場合があります。また、太さの違いがありすぎるフォントを同じ段落内で混在させると読みにくさに繋がることも。
基本的に見出しには太め、本文には標準か細めを選ぶとよいでしょう。段落内で強調したい語句は、italic(斜体)にするか、あるいはボールドを用いるなどして差別化します。複数のウェイトが用意されているフォントを選べば、一つの書体ファミリー内で十分に強弱をつけられます。なお、デザインソフトで線の外枠を付けて無理やり文字を太らせることもできますが、それを多用すると字形バランスが崩れ見苦しくなりがちです。極力フォントが持つ本来のウェイトを使い、無い場合も近い太さの別フォントで代用する方がプロらしい仕上がりになります。
文字の幅(エキスパンド・コンデンス)

フォントは太さだけでなく幅(字幅)にもバリエーションがあります。標準的な幅(Regular)の他に、狭い字幅の「コンデンス(Condensed)」フォントや、広い字幅の「エクスパンド(Expanded)」フォントが存在します。コンデンスは「コンデンスド」とも呼ばれ、エクスパンドは「エクステンデッド(Extended)」や単に「ワイド」と呼ぶこともあります。

字幅が異なるフォントは、一見すると文字そのもののデザインが違うように感じますが、基本の形は同じで横方向にスケーリングされた(または専用にデザインされた)ものです。コンデンス体は同じポイントサイズでも横幅が狭い分だけ多くの文字を一行に詰め込むことができます。このため、新聞の見出しやポスターのタイトルなどスペースが限られているが文字数を入れたい場面で重宝されます。また、縦長のシルエットはスタイリッシュで現代的な印象を与えることもできます。一方、エクスパンド体は文字が横に広がっているため、少ない文字数でもスペースを埋めやすく、デザイン上ゆったりと堂々とした雰囲気を出すことができます。映画のタイトルロゴや高級ブランドのロゴタイプなどで、あえてエクスパンド気味のカーニング(字間)設定にしている例を見ることがあります。

上の画像は、同じ文章を通常幅(Regular)、狭い幅(Condensed)、広い幅(Extended)で組んだ例です。左がCondensed、真ん中がRegular、右がExtendedとなっています。Condensedでは文章全体が縦長に引き締まり、限られた横幅に多くの文字が収まっているのが分かります。一方、Extendedでは文字間に余裕が生まれ、ゆったりとした印象になっています。このように字幅を変えるだけでもデザインの表情は大きく変化します。
- 《コンデンス》
省スペースで文字を詰め込めるため、見出しやタイトルで文字数が多いときに役立つ。デザイン上、縦長ですっきりした印象を与え、モダンでシャープな雰囲気を演出できる。 - 《エクステンデッド/エクスパンド》
文字間にゆとりが生まれ、堂々として安定感のある見た目になります。短い単語をロゴやタイトルで見せたいときに、大きく空間を埋めることができます。高級感やクラシック感を出すのにも一役買います(例:高級ブランドのロゴに広めの字間を持たせるなど)。
- 《コンデンス》
横幅が狭いぶん字形が判別しにくくなる場合があります。特に小さいサイズでは文字が潰れたり、続けて読むと窮屈に感じられることも。また、本文用フォントとして長文に使うのには不向きです。読み手に圧迫感を与える可能性があります。 - 《エクステンデッド/エクスパンド》
横に広がりすぎているため、一行に入る文字数が減り効率が悪くなります。長いテキストには向かず、段落内で使うと文章が間延びした印象になって読みにくくなることがあります。また、不用意に使うとデザイン全体が間延びしたように感じられる恐れも。
コンデンス体もエクスパンド体も使い所は限定的です。コンデンスは「文字数が多い見出し」や「縦長のレイアウト」に、エクスパンドは「文字数の少ないタイトルロゴ」や「横長の余白を埋めたいとき」に検討するとよいでしょう。それ以外の通常の本文や汎用的な場面では、基本的にレギュラー幅のフォントを用いるのが安全です。なお、同一の文章内で極端に字幅の異なるフォントを混在させるのは避けましょう。統一感が失われ、読みづらさにつながります。レイアウト上どうしても混在させる場合は、行単位・ブロック単位で分け、視覚的に切り離す工夫をしてください。
文字の傾き(イタリック・オブリーク)
文字のスタイルには立体(ローマン体)と斜体(イタリック体/オブリック体)があります。斜めに傾いた文字は一般に「イタリック体」と呼ばれることが多いですが、実は厳密にはイタリック(Italic)とオブリーク(Oblique)という2種類の斜体があります。
イタリック体 (Italic)

イタリック体とは、単に文字を斜めにしただけでなく、斜体専用にデザインし直された書体のことです。15世紀のイタリアで生まれたとされる書体で、もともとは聖書をコンパクトに印刷するために考案された経緯があります。正立体とは異なる筆記体風のエレガントな字形が特徴で、アルファベットのa
やg
など一部文字は斜体用に形状が変化します。17世紀以降、通常の直立体(ローマン体)の補助として、文章中で特定の語句を強調したり引用や専門用語を区別したりする用途で広く使われるようになりました。イタリック体を使うと文章にアクセントが付き、斜めの流れが生まれることで上品さや動きを感じさせます。
オブリーク体 (Oblique)

オブリーク体は、既存の正立体フォントを機械的に斜めに傾けたものを指します。デザイン上の調整が加えられていないため、文字の形状自体は直立のまま単純に斜めになっています。サンセリフ系のフォントなどでは、専用のイタリック体を持たずオブリークで代用しているケースも多いです。例えば、Microsoft Wordなどで英語フォントに対して斜体ボタン(Iマーク)を押したとき、そのフォントにイタリック体が用意されていない場合は自動的にオブリーク体になります。つまり、「ソフト上で斜体にした文字」は厳密にはオブリーク体であることが多いのです。見た目は傾いているので一見イタリックと区別が付きにくいですが、プロのタイポグラフィの世界ではItalicとObliqueは異なるものとして扱われます。

上の画像は、上段がTimes New Roman(立体)で左下がTimes New Roman Italic(真のイタリック体)で、右下がTimes New Roman を斜め15°に傾けたものです。見比べると、左下のイタリック体では文字デザイン自体が流麗な手書き風になっているのに対し、右下のオブリークでは単に傾斜しているだけであることが分かります。

例えば上の画像のように小文字のf
やo
の形状、太さの配分などが異なり、イタリックの方が自然な筆記の流れに沿ったデザインになっています。
斜体を使う最大の利点は、文章中で視覚的コントラストを作り出せることです。特定の単語やフレーズを斜体にするだけで、そこに目が行きやすくなります。ボールドにするほど強くはないけれど少し強調したい、という場合に適しています。また、デザイン的にも斜めのラインが入ることでレイアウトに動きが生まれ、エレガントさや洗練さを演出できます。
斜めになっている分、やや可読性が落ちます。特に長文をすべて斜体で組むと読みづらくなるため、一文中の一部やキャプション程度に留めるのが無難です。また、オブリーク体は元の字形を無理に傾けているだけなので、文字によっては不自然に見えたり表示上の不具合(画面でギザギザになる等)が出る場合があります。イタリック体と比べると美しさの点で劣ることも否めません。
まず、使うフォントにItalicスタイルが用意されているか確認しましょう。用意されているなら極力それを使います。特にセリフ体ではItalicスタイルで字形が大きく変わるため、プロのタイポグラフィではイタリック体を正しく指定することが重要です。もしItalicが無くObliqueしかない場合や、そもそも斜体を想定していないフォントの場合は、無理に斜体にしない選択もあります。強調したい場合は色や太さで代用するのも手です。また、強調として斜体を使う際はやりすぎに注意しましょう。本文全体を斜体にしない、一つの文章内で斜体とそうでない部分をはっきり分ける(例えば書名や専門用語だけ斜体にする)といったルールを決め、読みやすさとのバランスを取りましょう。
代表的な欧文フォント紹介
ここまで、書体の種類や属性について概説してきました。このセクションでは、代表的な欧文フォントをいくつかピックアップして紹介します。先述の各書体カテゴリごとに2〜3個ずつ、有名なフォントとその特徴・使用例を挙げます。実際のフォント名を知っておくと、「あ、見たことある!」という発見があるかもしれません。
セリフ体の代表的なフォント
Times New Roman(タイムズ・ニュー・ローマン)

セリフ体を代表する定番フォントです。1930年代に英タイムズ紙のために開発され、新聞や雑誌などの印刷媒体の本文によく使われてきました。縦線が太く横線が細いコントラストのはっきりした字形で、可読性が非常に高いのが特長です。そのため、書籍や論文など長文の組版にも適しています。Times New Romanは伝統的かつ堅実な印象を与えるので、公文書からビジネス文書まで広く利用されています。
Garamond(ギャラモン/ガラモン)

16世紀のフランス人デザイナー、クロード・ガラモンに由来する古典的なセリフ書体です。エレガントで柔らかな印象を持ち、文字の線に微妙な丸みがあります。書籍や小説の組版で愛用されてきた歴史があり、知的で品位のある雰囲気を醸し出します。アップル社やAdobe社がコーポレートフォントにカスタム版のGaramondを採用していたことも有名です。文章を上品に見せたいときや、高級感を演出したい印刷物に適しています。
Bodoni(ボド二)

18世紀末に生まれたセリフ体で、モダン・ローマンに分類されます。極端に太い縦線と極細の横線という強いコントラストが特徴で、とてもシャープで洗練された印象です。ファッション誌のタイトルロゴや高級ブランドのロゴなどに好んで使われ、エレガントでドラマチックな雰囲気を出せます。ただし小さいサイズで本文に使うと細い部分が見えなくなるため、大きめサイズの見出し向けと言えるでしょう。
サンセリフ体の代表的なフォント
Helvetica(ヘルベチカ)

世界で最も有名と言っても過言ではないサンセリフ体フォントです。スイスで生まれたこの書体は、癖のない中庸なデザインで汎用性が極めて高いのが特徴です。ニューヨークの地下鉄のサインや無印良品のロゴなど、数え切れない場面で使われており、「気づかないけれど実はいつも目にしているフォント」の代表格です。Helveticaはどんなデザインにも調和しやすく、クールで現代的な印象を与えます。そのニュートラルさから、コーポレートデザインから公共サインまで幅広く愛用されています。
Futura(フツラ/フーツラ)

ドイツ生まれのジオメトリック・サンセリフ体です。幾何学的な基本形状(丸・三角・四角)をもとにデザインされており、O
は真円、A
やV
は正三角形的なプロポーションを持ちます。そのためモダンで先鋭的な印象が強く、20世紀のモダニズムを象徴するフォントとされています。NASAが月面に残したプレートの書体や、有名ブランドのロゴ(例えば「カルティエ」のロゴ)はFuturaが使われています。未来的・洗練されたデザインを求める場面で活躍します。
Calibri(カリブリ)

比較的新しいサンセリフ体で、Microsoft Officeのデフォルトフォントとして広く知られるようになりました。ヒューマニスト・サンセリフに分類され、やや丸みを帯びた字形が特徴です。画面表示に最適化されており、小さなサイズでも読みやすく設計されています。ビジネス文書やプレゼン資料の本文などに適しており、親しみやすさと読みやすさを両立した万能型フォントと言えます。
スクリプト体の代表的なフォント
Brush Script MT(ブラッシュ・スクリプト)

1940年代に生まれたカジュアルな筆記体フォントです。まるで筆で書いたような太さの緩急があり、アルファベット同士が連続して繋がる流麗なスタイルです。レトロな雰囲気を持ちながらも親しみやすく、アメリカでは看板や広告物に多用されました。現在でもカフェのロゴやヴィンテージ調デザインなどで見かけることがあります。温かみと手作り感を演出したいときにうってつけですが、多用すると古臭く見える恐れもあるため使いどころが肝心です。
Zapfino(ツァプフィーノ)

ドイツ人タイポグラファー、ヘルマン・ツァップによってデザインされたエレガントなスクリプト体です。流れるような大文字と、細部まで美しく設計された小文字を持ち、まるで高級カリグラフィーのような品格があります。結婚式の招待状や高級ブランドのタグラインなど、格式と優雅さを求められる場面でよく利用されます。文字同士の組み合わせで異なる形に自動で変化する代替字形が豊富に用意されており、美しい文字組みが可能です。プロ仕様のフォントなので一般利用の機会は限られますが、知っておくとフォントの芸術的な一面に気付かされます。
Mistral(ミストラル)

フランス人書体デザイナー、ロジェ・エクスコフォンがデザインしたスクリプト体。カジュアルで躍動感があり、手書きの走り書きをそのままフォントにしたような独特のタッチが特徴です。1960年代風のポスターや、自然体でラフなデザインにマッチします。字形の個性が強いのでメインの見出し向きであり、本文には不向きですが、使いこなせばおしゃれで抜け感のある印象を与えられます。
ディスプレイ書体の代表的なフォント
Impact(インパクト)

名前の通りインパクト絶大な極太サンセリフ体です。文字幅が狭く背が高いスタイルで、画面上でも紙面上でも非常によく目立ちます。ポスターの見出しや広告のキャッチコピー、そして最近ではインターネット・ミームの文字(いわゆる「ミームテキスト」)によく使われているので、見覚えのある人も多いでしょう。太く黒々とした字形は遠目にも判別しやすいですが、細かい文章には適しません。一行で強烈に訴求したいときに最適なフォントです。
Cooper Black(クーパー・ブラック)

丸みを帯びた極太のセリフ系ディスプレイ書体です。1920年代に生まれ、60〜70年代にかけてポップカルチャーの中で大流行しました。英字が丸く太いフォルムをしており、親しみやすくレトロな雰囲気があります。音楽アルバムのタイトルや、ポップなお店のロゴなどによく使われ、「どこか懐かしい」「楽しい」印象を与えます。本文には不向きですが、タイトルやロゴで使うとデザインにインパクトと独特の味わいを加えられるでしょう。
Papyrus(パピルス)

古代風の質感を持つディスプレイ書体です。文字が紙(パピルス)に滲んだような風合いで、エキゾチックかつ神秘的な印象を与えます。有名な使用例として映画『アバター』のロゴに使われたことから一躍話題になりました。ファンタジー系や歴史を感じさせるデザインには雰囲気が合いますが、クセが強すぎるため多用は禁物です。雰囲気重視のタイトルなど、ごく限られた用途で効果を発揮するフォントと言えます。
その他の代表的なフォント
Courier New(クーリエ・ニュー)

等幅フォント(モノスペース)の代名詞的存在です。古いタイプライターの字体を模しており、M
もi
も同じ幅で並ぶ独特の見栄えがします。プログラミング用のエディタや、プレーンテキストの書類(昔ながらのメールやテキストファイル)でよく使われます。コンピュータ的・機械的な雰囲気を出す演出として、デザインでも映画のハッカー画面や機密文書風デザインなどに登場します。ただし一般の可読性は低いので、文章を読ませる用途では避けましょう。
Rockwell(ロックウェル)

スラブセリフ体の代表格です。字画の端にあるセリフがとても太く四角いブロック状になっており、全体に安定感と重量感があります。見出しやタイトルで使うと、力強く堂々とした印象を与えられます。例えばポスターのタイトルや店舗看板などで、インパクトを出しつつ上品さも保ちたい場合に適しています。レトロアメリカンなデザインや西部劇風のタイポグラフィにもマッチします。
Old English Text MT

中世ヨーロッパの修道院写本のようなゴシック風の文字を再現しており、厳かな雰囲気があります。結婚証明書の英字部分や、賞状・卒業証書のアルファベット箇所に使われるなど、格式ばった用途で目にすることがあります。また、ヘヴィメタル系のバンドロゴやタトゥーデザインなど、サブカルチャー的文脈でもよく登場します。非常に装飾的なので使い所を選びますが、ハマるとデザインの雰囲気を一変させる強力な存在感があります。
以上、各カテゴリーごとの代表的なフォントとその特徴・使用例を紹介しました。もちろんここに挙げた以外にも無数のフォントが存在し、それぞれに個性と役割があります。デザインの現場では「このプロジェクトにはどんなフォントが合うだろう?」と考えながら候補を探し、実際に文字組みして雰囲気を確かめて…という作業を繰り返します。今回紹介したフォントはあくまで一部ですが、まずは定番フォントの特徴を押さえておくことで、プロのデザイナーがフォントを選ぶ思考プロセスの一端を感じ取ってもらえたら幸いです。
まとめ(フォント選びのポイント)
最後に、本記事の内容を踏まえてフォントを選ぶ際のポイントやアドバイスをまとめます。
最後に一言。フォント選びはデザインの奥深い楽しみの一つです。最初は難しく感じるかもしれませんが、本記事で紹介した基本知識を踏まえて色々な書体に触れてみてください。フォントに注目して世の中の看板や雑誌、ウェブサイトを見渡すと、「なるほど、この場面でこのフォントが使われているのはこういう理由かもしれない」と発見があるはずです。そうした観察と実践を重ねることで、きっとあなたのデザインに適したフォントが自然と選べるようになっていきます。
デザインの質は細部に宿ると言われます。フォントという細部にこだわることで、ワンランク上の作品を目指してみてください。あなたのデザインが文字を通じてより豊かに、より伝わりやすくなることを願っています。では、最後までお読みいただきありがとうございました!これからのデザイン制作にぜひ活かしてみてくださいね。
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